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南界堂通信〈春号|第22号〉

エイズ対策のキーパーソンたち

アラウージョさん講演会報告─ブラジルのエイズ対策を聴く

去る十二月十日、ブラジルの民間エイズ対策を牽引してきたジョゼ・アラウージョさんをdistaにお迎えし、「世界で最も進んだ」と言われるブラジルのエイズ対策についてお話をうかがいました。

MASH大阪(以下M):エイズ対策にかかわるようになったきっかけは?

アラウージョ:一九八五年、二〇歳のときHIVに感染していると告げられました。当時は治療法も患者の人権もない時代。私も上司に感染を告げると解雇されましたし、患者仲間の誰かが毎週死んでいく、そんな時代でした。そんなとき、ずっと日陰の存在でいたくないと思っていた私はテレビ出演し、エイズ患者の状況を話しました。すると大きな反響があり、ブラジル初の、当事者が当事者を支援するNGO「GIV(ジヴィ)」を発足させることができました。

M:その後の活動はどう展開していったのでしょう?

アラウージョ:当時は長い軍事政権が終わりブラジルが民主化に向けて大きく動き始めた時代でもありました。市民が参画して民主憲法を制定する作業が始まり、八八年に新憲法が発布されました。その第一九六条には「健康はすべての人の権利であり、それを保障するのは国家の義務である」とあり、それをもとに公的医療制度が発足し、公的医療機関での医療が無料化されました。ただしエイズは無料化の対象外でした。一九九六年頃、プロテアーゼ阻害剤が登場したとき、私たちが中心となって憲法第一九六条を盾に「薬よこせ」訴訟運動を展開。全国で五〇〇あまりの訴訟を起こし、そのすべてで勝訴しました。その影響でエイズ治療が無料化され、現在およそ八〇万人いるHIV陽性の人たちの半数が無料で治療を受けています。この法律は所得や国籍やビザの有無にかかわらずすべての人に適用されます。

M:そうした流れはLGBTの運動とどのように連動したのでしょうか?

アラウージョ:日本と同じくHIV陽性の人たちのほとんどはゲイでしたから、保健医療の面で権利を獲得していく「いのちの権利」運動は必然的にLGBTの人権を獲得する「多様な生き方の権利」を求める運動につながっていったのです。軍事政権の時代はLGBTの集会さえも取り締まりの対象でしたし、憎悪犯罪もあとを絶たず、殺人も珍しくなかった。そんな状況に対してとりわけ男性同性愛者たちが、社会の中で自身の存在が「見える化」されていくことを求める運動を展開しました。その結果、サンパウロのLGBTパレードは参加者三〇〇万人を超える、おそらく世界最大のプライドパレードに成長しました。制度面でも、二〇一一年に同性婚および同性カップルが養子を育てることは違憲ではないとの判断を最高裁判所が下し、正式に認められました。

M:保健医療の分野でも同じような権利獲得があったのでしょうか?

アラウージョ:ええ、いま世界中で検討されているPEP(ペップ。暴露後エイズ予防投薬。日本では医療従事者の針刺し事故に限って実施されている)とPrEP(プレップ。暴露前エイズ予防投薬。日本でも導入が検討されている)はブラジルではすでに導入され、誰でも無料で受けることができます。

M:ペップもプレップもエイズ以外の性病を予防できない、薬事法の改正が必要といった課題を抱えていて、日本では慎重論もありますが……

アラウージョ:ブラジルでは技術革新の成果はすべての国民に開かれてあるべきだという正論が通りました。確かに、ペップやプレップに依存してコンドーム使用がおろそかにならないよう、主な受益者層と思われる若年ゲイ貧困層が多く住む大都市郊外で月1回の頻度で性病予防の研修が開かれ、受益者は参加する義務があります。また、サンパウロのゲイタウンにある公園では定期的に巡回診療車によるHIV検査サービスが提供されています。

M:「世界で最も進んだエイズ対策」と言われるのも納得!っという印象ですが、少数者の権利獲得が一気に進んだ背景は?

アラウージョ:まず当事者が「見える化」に積極的に取り組んだこと、そして議論をいとわないこと。ブラジルには挑発する文化みたいなものもあって、同性カップルの養育権を獲得する運動では「男女のカップルが捨てた子供たちを我々が育てているんだ!」という発言も出ましたよ。それと、もともとブラジル社会には多様性を尊ぶ文化があることも大きいかな。

M:興味深いお話、どうもありがとうございました。

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