男色エンタメ紀行
監督/ウォン・カーウェイ
出演/トニー・レオン、レスリー・チャン、チャン・チェン
90年代に入り「欲望の翼」「恋する惑星」「天使の涙」を次々と発表したウォン・カーウェイ監督。それまでの香港映画のイメージを覆すスタイリッシュな語り口と映像、音楽は、自分も含めて当時、渋谷系カルチャーに熱狂していた若者を中心に受け入れられた。それだけに当時公開された「ブエノスアイレス」は衝撃だった。
かくいう自分もウォン・カーウェイ監督が男同士の映画を作る!?と知った時は期待と不安が入り混じっていた。一時、90年代頭に「ゲイはオシャレ」的なブームが雑誌などであったものの、まだまだ90年代は同性愛者にとっては生きにくい時代だったから。ましてや香港発の同性愛映画ははたしてどんな仕上がりになるんだろうかと・・・。
当時、試写で観た「ブエノスアイレス」は、20代後半だった自分にとって実に胸に痛い映画だった。
“やり直す”旅に香港からアルゼンチンに来たウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)のカップル。旅の資金がなくなり、仕方なくそこにとどまる二人。奔放なウィンと堅実なファイはそこでも喧嘩し、なじり、罵倒し、それでも寄り添う。そんな姿をクリストファー・ドイルのざらついた映像の中で描かれていた。
すでにゲイとしておおっぴらではないけれどそれなりに認識し、それなりに謳歌していた自分には、どちらのキャラクターの生き方にも憧れと同時に恐怖を感じたことを憶えている。それ以来、なかなか再見する気持ちになれなかったのだけど、今回久しぶりに観るとやはり当時と同じチリチリとした感じが蘇った。そして“刹那”という二文字が頭に浮かんでいた。
成瀬巳喜男監督の傑作映画「浮雲」のキャラクターにも通じる、どうしようもなく抗えない“標榜”と“刹那”がこの作品にもある。
ジャンプカットという余白で関係性を想像させたり、煙草をめぐるジャン・ジュネ的暗喩は今見ると、少しばかり稚拙さを感じられるけれど素晴らしい愛の物語には変わりない。
今年で公開から20年経った今作、観た人もまだ観ていない人も、愛のあり方の一つを改めて認識するものとして、観てほしい作品。
文◉バニラ・ノブ
大阪市生まれの40代。ライター、雑誌編集者・プランナー・ブランディングマネジャー。ドラァグクイーンのベビー・ヴァギーとネットラジオ「シネマ百貨店」(ポッドキャストで検索)と毎週木曜日限定の酒肴バー「5DAYS BAR」堂山でやっています。
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