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南界堂通信〈夏号|第39号〉

知られざる偉人伝

正真正銘の“知られざる偉人”《その2》

近代日本で最初の男色史に取り組んだ在野の研究家・岩田準一。
彼の孫娘描く小説を通して岩田の生涯に迫る!

岩田 準一(1900-1945)

岩田 準一
岩田 準一(1900-1945)

前号では、近代日本における男色研究の端緒を開いた岩田準一の主著『本朝男色考』を取り上げました。今回は、1900年に鳥羽で生まれ、終戦の年に東京で客死した岩田の生涯を取り上げます。彼の短くも波乱に満ちた生涯を知るのに格好の題材があります。岩田の孫娘にあたる岩田準子(!)氏が2001年に発表した小説『二青年図 乱歩と岩田準一』(新潮社)がそれです。

この小説の特徴は、なんといっても岩田準一本人を語り手に据えた私小説のかたちを取っているところにあります。岩田は詳細な日記をつけていたと言われていますし、日記以外にも親族だからこそ知りえたこともたくさんあったはず。読み進めるにつれ、岩田本人が書いた自伝を読んでいるような錯覚を覚えてしまうけれど、自伝であれば隠されがちな自我と性欲のかかわりといったこともしっかり描かれていて、やはりこれは「すべてはフィクションですよ」という小説の前提を逆手にとって岩田の精神生活を描き切った、稀な記録文学だと言えるのではないでしょうか。

『二青年図 乱歩と岩田準一』(岩田準子著、新潮社、2001年)
『二青年図 乱歩と岩田準一』
(岩田準子著、新潮社、2001年)

この小説の中で、岩田は多くの人物とかかわりを持ちます。文芸誌『明星』を主宰する与謝野寛(晶子の夫)、当時人気絶頂の画家であった竹久夢二、後に作家となる梶井基次郎、男色の歴史について多くの書簡を交わした知の巨人・南方熊楠、実業家の渋沢敬三らが実名で登場します。しかし物語の軸となるのは、なんといっても作家・江戸川乱歩との親交です。この小説では乱歩はもっぱら本名の平井太郎として登場します。

さて、二人が出会うのは、岩田が18歳のときに母校の小学校の教室で催した自作の絵の展覧会でした。当時すでに竹久夢二の一番弟子ともいえる立ち位置にいた岩田の展覧会とあって、地元鳥羽から多くの人々が詰めかけるのですが、その展覧会も終わりかけの夕暮れ時、着流し姿であらわれた青年が平井太郎でした。当時24歳。彼の、絵に熱心に見入る姿に次第に惹きつけられていく「僕」。――青年は展示された掛軸を一通り観終えると、僕の傍に戻ってきた。強烈な汗の匂いがした。だが、ちっとも不潔な類のものではなかった。僕は気付かれないように、密かに深呼吸した。青年の汗を体内の水分の一滴に加えようとして。【……】汗が一筋、青年の首を流れ落ちるのが見えた。シャツの中へと吸収されてゆくその液体の味を、舌先で想像してみた。蜂蜜でもなければ砂糖水の味でもない、人の手では決して調合することの出来そうにない、甘さに思えた――

これが岩田の初恋でした。7年後、岩田は東京で平井太郎との再会を果たしますが、この時すでに平井は結婚し、子供をもうけ、探偵小説家として成功して東京に邸宅を構えていました。そしてこの後の二人の交流の中から、洋の東西の男色に関する文献を収集し通史にまとめようというアイデアが生まれます。平井が外国を、岩田が日本を担当します。こう書くと、平井が岩田を導いて文献研究への道を示したのだと思われるかもしれませんが、事実はむしろ逆です。岩田の前では自分が同性愛者であることを認めた平井太郎ですが、彼はすでに妻帯し子供を持ち、しかも売れっ子の探偵小説家でした。世間的には江戸川乱歩、岩田の前では平井太郎、の二つの顔を使い分けざるを得ず、男色の研究に打ち込んでいく岩田に対し、次第にコンプレックスを感じていく人物として描かれます。一途な性格の岩田は失うものは何もなく、実家が裕福でもあったので、同性愛者のアイデンティティに導かれるままに男色の研究に打ち込むことができたのです。

岩田準一(左)と江戸川乱歩(右)
岩田準一(左)と江戸川乱歩(右)

その岩田もいずれ結婚し、子供をもうけることになりますが、そのあたりのことはこの小説を読んでいただくことにして、著者の岩田準子氏についてひとこと。この小説を読めば、氏が、自分の生まれる20年ほど前に亡くなった祖父のことを心から尊敬し、誇りに思っていることがわかります。岩田準一が語るという形式を取ることで、氏は祖父の半生を生き直したとも考えられますし、見方を変えれば、岩田準一が孫娘に憑依してこの小説を書かしめた、と言えるかもしれません。そんな稀有な読書体験に誘ってくれる二人に感謝しつつこの稿を終えます。

鬼塚哲郎

3月で大学を定年退職し、年金生活を送る無職の老人。
仕事がなくても生き甲斐を感じつつ生活できるのか、模索中。
岩田準子氏は鳥羽の自宅の一部を改築して「江戸川乱歩館 鳥羽みなとまち文学館」を開き、岩田の遺した絵画や研究資料、乱歩や夢二との書簡などが展示されていた。ところが2021年10月に火災にあい、現在閉館中。ただ2022年になって愛知県犬山市の明治村や千早赤坂村小学校で復興イベントが開催中。

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